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【銀盤の天才少女引退】

2017.04.15

 先日、フィギュアスケート浅田真央選手が引退しました。

 

 世界選手権3度優勝、グランプリファイナル4度優勝しながらオリンピック金メダルにだけは手が届かなかった彼女は間違いなく日本の女子スポーツ史上、最も国民に愛されたアスリートの一人であることは疑いようのない事実でしょう。

 

 10年ちょっと前、ソルトレークオリンピック直前に現れた彼女はまさに衝撃でした。当時、私はフィギュア大国と呼ばれていたアメリカに住んでましたが、彼女の報道はまさに連日のようにスポーツ専門チャンネルESPNで取り上げられていたほどでした。その圧倒的なジャンプや演技力は、世界中のフィギュアスケートファンの全ての人が、彼女の成功を確信していました。

 その当時、彼女がオリンピック金メダルを取れないことや、彼女がジャンプを跳べなくなることなど誰も考えもしなかったほどに・・・。

 

 しかしそれが皮肉にも彼女の人気を高めたのも紛れもない事実となりました。彼女にとって不利となる度重なるルール改正。そして想像以上の身長の伸び。更には前例のない程の日本国民のプレッシャーが天才少女に重圧をかけます。

 

 私が彼女のエピソードで忘れられないのは、たしかバンクーバーオリンピックの1年ほど前。ジャンプのスランプに陥った彼女は、姉の舞さんに珍しく泣き言を伝え「スケートを辞める」っと言ったらしいです。「もう出来ない」っと泣き崩れる彼女を姉は黙って焼肉屋に連れて行ったそうです。

 そう、焼肉は彼女の最も大好きな食事であり、当然の如くグラム単位の体重が勝負を左右するフィギュアスケーターにとって、最も好ましくない食事でもあります。

 

 彼女は食事中、静まり返り時より泣いていたそうです。しかし泣きながら口にしていたのは、おかゆとスープのみ・・・。フィギュアスケートを辞めると言って焼肉屋に行った彼女は、それでも肉を口にしなかった。口では諦めていながら、脳と体は諦めていないんです。まだ10代の少女の意思とは思えません。当時の体脂肪は確か6%前後・・・。

 

 そして何故彼女がここまで愛されたか。それは先日の引退会見が全てを物語っていたと感じました。記者一人一人の質問にまさにここまでするかというほど丁寧な受け答え。そして見る人全てを幸せにする彼女の笑顔。それはすい星のごとく現れた14歳のときと何一つ変わらないものでした。

 

 実は10年ほど前、活動拠点をアメリカにしていた彼女と、偶然アメリカ行きの飛行機の成田空港ボーディングゲートで彼女に逢い、一言二言を交わしたことがあります。本当に屈託のない笑顔が昨日のことのように鮮明に覚えています。それほど人を幸せな気持ちにさせる笑顔でした。

 

 日本という普通の少女には分からない十字架を14歳から背負い続けたアスリート人生。今はとにかくゆっくり休んで、新しい彼女のチャプターは是非とも彼女自身が彼女自身の為に幸せなチャプターとしてほしいと心から願います。

 

 26歳の浅田真央さんに対し、心からの尊敬の念を込めて「銀盤の天才少女引退」というタイトルでのブログとしました。感動をありがとうございました & 本当にお疲れ様でした。