CEO blog

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【鳥取しゃんしゃん祭り2026 後編】

2026.09.02

 今年のしゃんしゃん祭りで、もう一つ嬉しかったことがあります。それは踊っている約40名だけではなく、沿道にもたくさんの川口グループの仲間たちが応援に来てくれていたことです。参加する人がいて、応援する人がいる。そして、その家族や仲間がいる。私もその中の一人としてKukunaを抱きながら、弊社メンバーの演舞を眺めていました。

 初めての人ごみに興奮するKukunaを抱きながら、目の前を通り過ぎる仲間たちを見る。私を見つけて笑顔を見せてくれる人、手を振ってくれる人、本当に楽しそうに踊っている人。やっぱり、いい会社だな・・・。

 経営者である私が自分の会社をそう言うのも変かもしれませんが(笑)、今年も素直にそう思わせてもらいました。

 2016年のブログで、私は「皆、心からの笑顔で楽しみ、苦しい準備や練習をチームワークで乗り越え、そこにまた笑顔が生まれる」と書いています。2017年には「彼らは私の最大の誇りです!!」、そして2018年には「私はサポーターという気持ちでしたが、逆に私の方が皆によって勇気付けられました」と書いていました。今読み返してみても、不思議なくらい今の気持ちと変わりません。


 会社は、この10年で大きく変化しました。新しい会社が増え、新しい事業が生まれ、海外にも拠点ができました。川口グループが目指す未来も、当時とは比較にならないほど大きくなっています。しかし経営の根っこにあるものは、何も変わっていないのだと思います。


 企業とは、人です。


 どれだけ素晴らしい戦略を描いても、どれだけ最新の設備を導入しても、それを実現するのは人です。そして一人の力ではなく、それぞれ異なる個性や能力を持った人たちが繋がり、同じゴールへ向かうことで、初めて大きなことを成し遂げられます。


 約40名の傘が揃う美しさも、一人の踊りが上手だから生まれるものではありません。全員が周囲を感じ、仲間を信頼し、自分の役割を果たすからこそ、一つの大きな演舞になります。


 まさに、会社と同じです。


 そして何より嬉しいのは、誰かに強制されて参加しているのではなく、自分たちで集まり、自分たちで練習し、自分たちでこの時間を楽しんでくれていることです。私が前に立たなくても、仲間たちだけで素晴らしいものを創り上げてくれる。それを少し離れた沿道から眺めることができるのは、経営者として最高に幸せなことなのかもしれません。


 2014年の初参加から12年。あの時のメンバーが創ってくれた文化が、世代を越えて今の仲間たちへ繋がっています。そして今年、改めて決めました。私が川口グループのトップである限り、この素晴らしいイベントへの参加をずっと続けていきたいと思います。


 私自身が踊る必要はありません。むしろ沿道から、仲間たちが自分たちの力で一つのものを創り上げる姿を見ていたい。そして時にはKukunaのような新しい家族も一緒に、その姿を応援できれば最高ですね。


 今年参加してくれた約40名のメンバー。そして沿道まで応援に来てくれた弊社メンバー、ご家族、関係者の皆さん、本当にありがとうございました!!10年前に書いた言葉を、2026年の今、もう一度書きたいと思います。


 彼らは川口グループの象徴であり、私の誇りです。


 そして今年もまた、私の方が皆からたくさんの勇気と元気をもらいました。本当にありがとう!!来年もまた、この鳥取の夏に会いましょう。

【鳥取しゃんしゃん祭り2026 前編】

2026.09.01

 8月14日、今年も鳥取の夏を象徴する「鳥取しゃんしゃん祭り」が開催され、川口グループ連として総勢約40名の弊社メンバーが参加しました。

 私自身は今年も踊りには参加せず、沿道からの応援です。そして今年は、ワクチン接種を無事に終えた我が家の愛犬Kukunaも一緒に応援デビューとなりました。 華麗に傘を回しながら踊る弊社メンバー。そして初めて見る大勢の人、人、人・・・。鳥取とは思えないほどの人の数に、Kukunaも何が起きているのか分からない様子ながら、終始大興奮(笑)。私にとっても思い出深い一日となりました。


 川口グループが初めてしゃんしゃん祭りに参加したのは2014年。きっかけは、前年暮れの飲み会で山田広さんが発した「しゃんしゃんに出たい!」という一言でした。 そこから話が一気に進み、翌年には本当に川口グループ連として出場。今振り返ると、何とも弊社らしいスタートだったと思います。それから歴代の総監督が紡いできて、本年は炭山さんが新総監督。彼女の素晴らしいリーダーシップのもと、華やかにそして立派にやり遂げました。

 2016年のブログに、私はこんなことを書いていました。

 「仲間・協力・チームワーク・信頼・達成・笑顔。」


 当時の私は、しゃんしゃん祭りで踊るメンバーの姿を見ながら、「我々が目指す企業像そのものが、このしゃんしゃん祭りにはある」と感じていました。あれから10年。会社の規模も、事業も、組織も大きく変わりました。当時一緒に働いていた仲間もいれば、その後新しく川口グループへ加わってくれた仲間もいます。しかし今年、沿道から約40名のメンバーが踊る姿を見ながら思ったことは、10年前とまったく同じでした。


 「これが、私の求めている会社だな」と。


 しゃんしゃん祭りは、本番だけを見れば華やかなイベントです。しかし、その裏側には長い準備があります。参加メンバーを集め、役割を決め、練習し、経験者が初心者へ教え、全員で一つの演舞を完成させていく。当然、私が「こうしなさい」と指示しているわけではありません。実際、2017年のブログにも「私が一切この傘踊りに関わらなくなり早2年」と書いています。


 自分たちで考え、自分たちで動き、自分たちで仲間を巻き込み、そして一つのゴールをやり遂げる。私は昔から、これこそが企業における最高のチームビルディングだと思っています。


 私の経営スタイルは、もしかすると「しゃんしゃん傘踊りそのもの」なのかもしれません。


 一人ひとりが自分の役割を果たし、隣の仲間を感じながら、同じ方向へ進んでいく。誰かが遅れれば誰かが支え、初めての人がいれば経験者が教える。そして最後は、みんなで一つのものを創り上げる。経営者がすべてを動かす組織ではなく、仲間たち自身が考え、繋がり、挑戦し、やり遂げる組織。


 10年前から私が求め続けてきた理想の会社の姿は、今年も鳥取の街を踊る、約40名の仲間たちの中にありました。

【父と息子を繋いだ甲子園】

2026.08.13

 今年もまた、夏の甲子園の熱戦が始まっています。昔から最高に大好きなコンテンツですが、鳥取で暮らしているからか、ここ数年は地方の高校、特に公立高校にばかり目がいくようになりました。

 私が特に注目していたのが秋田代表・横手高校。鳥取と同様に過疎化が進む秋田県で、県内有数の進学校である公立高校の生徒たちが、実に57年ぶりとなる甲子園の夢舞台へのぞみました。

 そして偶然にも試合直前、横手高校の戸沢樹選手のエピソードを知りました。彼のお父さんは横手高校で野球を経験し、高校野球の指導にも携わっていましたが、9年前、37歳という若さで亡くなられたとのこと・・・。試合開始と同時に自然と戸沢選手を目で追いましたが、彼は控え選手でベンチスタート。そして相手は甲子園常連校の強豪・敦賀気比高校。試合は0対10という厳しい展開となり、迎えた最終回、劣勢の横手高校ベンチが動きます。


 レフトの守備交代でコールされたのが、なんと戸沢選手!間髪入れず、全力疾走で甲子園のレフトへ向かいます。父も夢見た甲子園のグラウンドを走っている。NHKの実況でも何度も親子のエピソードが紹介され、テレビ越しの私も点差を忘れ、彼の姿を凝視していました。そして心の中で願いました。


 「打球よ、レフトに飛べっ!!」


 おそらく私だけでなく、多くの人が同じ願いを持っていたはずです。しかし高校野球はTVや映画ではありません。最後のアウトまで両チームが本気で戦う世界です。そんな都合の良いドラマが起こるはずはない。そう思っていた直後でした。


 なんと先頭打者が打ち上げたボールが、まるで何かに導かれるようにレフトへ。しかも決して簡単ではない打球を戸沢選手は懸命に追い、見事にキャッチしました。その瞬間、甲子園から大歓声が沸き起こりました。テレビを見ていた私は、隣にいた自分の息子の頭をなでながら目が潤み、思わずつぶやきました。


「奇跡って、あるんだな・・・。」


 実況席でも、お父さんへの想いと重ねる言葉があり、それを受けた解説者が言葉に詰まり、すぐに次の言葉を続けられない・・・。そして振り絞るように、

「言葉になりません・・・」

TV越しにその声からも感情が伝わってくるほど、私の記憶に残る甲子園実況となりました。そして戸沢選手自身も試合後、「父が僕のところに打球を飛ばしてくれたのかな」と語っています。この言葉を知り、さらに胸が熱くなりました。


 幼い頃、父親とキャッチボールをしていた戸沢選手は、父を亡くした半年後に本格的に野球を始めたそうです。しかし野球をしている時には、できるだけ父親のことを考えないようにしていたとのこと。思い出せば、泣いてしまう。プレーに集中できなくなってしまう。だから大切な父との記憶を心の奥へしまい込み、野球に打ち込んできたというのです。


 人は、本当に大切な存在を失った時、簡単に「乗り越える」ことなどできないのだと思います。忘れるのでもなく、乗り越えるのでもない。その悲しみと共に生きる方法を、少しずつ覚えていくのかもしれません。そして高校3年生の夏。横手高校のユニホームを着て、父も夢見た甲子園のグラウンドに立ちました。試合終了時にはネクストバッターズサークルにおり、最後の打席こそ回ってきませんでしたが、父親を思い涙が溢れたそうです。


 「甲子園でしっかりプレーしたよと伝えたい」


 この言葉に、この試合のすべてが詰まっているように感じます。ヒットを打ったわけでも、ホームランを打ったわけでもない。チームも勝つことはできませんでした。しかし戸沢選手にとって、あの一球は人生で最も大切な一球になったのではないでしょうか。


 人生も仕事も、結果で評価されます。勝ったか負けたか、成功したか失敗したか。経営者である私自身、誰よりも結果にこだわらなければならない立場です。しかし人生には、数字では決して測ることのできない価値もあります。


 誰のために頑張ったのか。何を背負って挑戦したのか。そして、何を大切にして生きてきたのか。0対10という結果だけを見れば横手高校の敗戦ですが、戸沢選手の人生にとって、この試合を「敗戦」という二文字だけで表現することは絶対にできません。


 私自身も年齢を重ねるにつれ、家族や仲間、会社メンバーと過ごせる時間は決して当たり前ではないと強く感じるようになりました。いつもの会話、いつもの食事、何気なく隣でテレビを見る時間。その一つひとつが、本当はかけがえのない時間なのだと思います。


 戸沢選手にとって甲子園は、9年前に止まってしまったお父さんとの時間が、ほんの一瞬だけ、もう一度繋がった場所だったのかもしれません。


 父が野球に青春を捧げた横手高校。父も夢見た甲子園。白地に濃い青で「YOKOTE」と胸に刻まれたユニホーム。そのユニホームを着た息子が甲子園のレフトに立ち、守備についた直後、本当にその息子のところへ一球が飛んできた。父から息子へ。9年という時間を越えて届けられた一球。甲子園という場所には、時として勝敗や数字では説明できない出来事が起こります。

 だから私は、高校野球が大好きなのかもしれません。

 戸沢選手のその姿は、私にとって今年の甲子園で最も輝いて見えました。その彼の胸には、白地に濃い青で刻まれた「YOKOTE」の文字。実は現在のこのユニホーム、父・亮さんが生前考案したものだそうです・・・。

 翌日その事実を知った時、自然と涙がこぼれました。