社長ブログ

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【Riverd Mexico Holiday Party】

2018.12.15

 12月14日(金)RIVERD USA & MEXICO Plantメンバーとメキシコ ティファナにて、Holiday Partyを開催致しました。

 

 早いもので今年で3回目のHoliday Partyなんですが、お陰様で年々弊社のメキシコメンバーも増えました。よって大変なのが店の予約。まぁ、私は何もしてませんが・・・、幹事長山田さん&Rachelは例年以上に大変だったようです

 

 さてパーティースタートすると、毎年感動するのがこのラテンの血。私は立場上、パーティーでも飲み会でも、どのイベントでも、盛り上がるかどうかが兎に角心配で、どうやったら盛り上がるか、本当にみんな楽しんでいるのかっということに苦慮しますが、ここはメキシコ、そんなの完全なる杞憂に終わります。

 基本スタートから全開。いろんな意味で自由。片言なスペイン語で話しかけると、みんな分け隔てなく受け入れてくれ、楽しい時間が過ごせます。

 

 さてアルコールも入り、盛り上がったところでビンゴゲーム。実はここメキシコはビンゴゲームというカルチャーはあまりありません。お隣アメリカにはありますが、そのアメリカでもラッフル(Ruffle)の方が主流で、これはシンプルにくじ引きに近いゲームですね。

 しかしここは我らが山田副社長兼永久宴会部長!彼らメキシコ人と事前練習をした上で当日を迎えていました。毎度毎度のことながら、彼の「準備力」は当グループNo1といっても過言ではないくらいの完璧レベルです。

 

 そのかいあってか、盛り上がりましたね~!!TVや映画で見るような世界観!!とにかく底抜けに明るいし、心から一喜一憂しているから見ていて終始笑顔になれました。私も一応参加し、結構序盤でビンゴとなると、みんな笑顔で大ブーイング。もちろんギフトは貰わなかったですけど、単にパフォーマンスです(笑)。こういうノリのいい姿がますます好きになるんですよね。

 

 ちな みに、連日日本のニュースを賑わす移民キャラバン。その舞台はここティファナが中心なんですが、結局今回見かけることすらありませんでした。今回いろいろな方にこのトピックを話しかけてみましたが、まあ、こっちの方々は日本の100分の1以下なほどしか気にしていないという印象です。

 海外あるあるというか、いつも通りメディアだけが騒いでいて、アメリカサイドのCNNとかのニュースですら、ほぼ見かけることすらありませんでした。

 

 まあ、これは色々な意見があるでしょうが、今日は取り合えず楽しい話だけで、終了とします。ってか、ほんとに笑ったし楽しかった~。底抜けにビバ・メヒコ!!でしたね。

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【工場増設に係る協定書調印式】

2018.12.01

 この度、鳥取県・鳥取市と弊社新工場建設に伴う協定書調印式を、11月27日(火)鳥取県知事公邸にて鳥取県、鳥取市のご協力のもと開催いただきました。

 

 調印式では、平井鳥取県知事様、深澤鳥取市長様と私とで協定書に署名するという流れでしたが、お陰様で滞りなく無事に終了することが出来ました。

 

 当日、夕方からの調印式でしたので、その1時間半ほど前に現地に入りましたが、まず知事公邸内に入ったことは当然、入り口まですら入ったことすらありません。元々あまり上品ではない私は、公邸玄関口で靴を脱ぐか否かで右往左往。結局、既に中にいる会社メンバーに電話して確認。結果土足でOKということでしたが、先に入っていたうちのメンバーもやはり同様に心配したとのことで一安心(笑)

 これを見て皆さん笑われるでしょうが、実際あそこを見たことのある方々ならよ~く分かるであろう、公邸あるあるらしいですね。

 

 それくらい立派な建物で、中まで土足でいいんだろうかと思わせるほど素晴らしく上品な建築物でした。正直これだけで本当に良い経験させてもらいましたと思えるほどです。終わった後も皆、異口同音にこの話題で盛り上がりました。

 

 さて現場入りすると、既に県庁・市役所の方々が現地入りされており、調印式準備とリハーサルの真っ最中。正直完全に圧倒されました・・・。それ程、職員の皆さん全員が真剣に一生懸命されているんです。まるで映画の撮影のようなリハであり、それ以外の準備される方々も完璧に作業分担されており、その姿はまさにプロフェッショナルの一言。調印式の前に、私の気持ちも一気にスイッチが入り、奮い立つ何かを感じることが出来ました 。

 

 こういった方々の真剣なまなざしや真摯な対応により、今日この日をやっと迎えれたと思うと、本当に背筋が伸びる思いです。この日の、職員の皆様の姿は私にとって一生忘れらない姿ですし、今後ビジネスを進めていくうえで、この姿を思い出しながら、噛みしめながら我々の出来ることを一生懸命進めなければと強く感じさせていただきました。

 

 後日、お陰様でいくつかのメディアに今回のことを取り上げていただき、また狭い鳥取という街なので色々な方々からエールやお祝いのお言葉を頂戴しました。各新聞には平井知事、深澤市長、私の三名での写真を掲載していただきました。

 

 しかし、この記事この写真の裏方には、いろいろな方々の準備、サポート、ご支援があり、この日この調印式が行われたことを決して忘れてはいけません。写真に載っている私は基本一人では無力です。この写真に写っていない数十人、数百人の方々のお陰での写真なわけですから。

 

 もちろん、平井知事様、深澤市長様と同席させていただき調印式が出来ましたことは、私の人生のとっても大きな誇りとなりましたが、それ以上に写真に写っていない関係各位のご尽力いただく姿が、私にとっての一生の思い出になりました。本当に心から感謝いたします。ありがとうございました。

 

 最後に、、、県庁職員、市役所職員、会議所職員、その他関係各位の姿も素晴らしかったですが、同時にその横で一生懸命準備を行っていた弊社社員も負けていないほどかっこよかったです!あまり声高らかにいうと、親ばかっぽいので控えてましたが、やはり彼らは私の誇りです!!GREAT JOB  Guys!!

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【日本ペットフード業界のレジェンド】

2018.11.13

 10月26日(金)21時50分、ドリームカンパニー㈱ 小林会長がお亡くなりになられました。つい2週間前に70歳の誕生日をお迎えになった直後のことでした。

 

 あれから既に半月が経過しましたが、正直このブログに更新出来ない日々が続いてました。それ程、小林会長は、川口グループにとっても私個人にとっても、大きなそして偉大な存在でした。

 

 元々岡山出身の方でしたが、縁あり30年ほど前に鳥取市で仕事をされており、その際に旧:川口義治商店(現:リバードコーポレーション)と繋がりがうまれ、そこからは当グループ中国青島の山東川口工場、御自身の会社であるドリームカンパニー㈱を兵庫県で立ち上げ、ここ最近では鳥取市野坂にある、弊社のとっとり匠の杜工房立ち上げにご尽力いただき、言わば川口グループペットフード事業部と共に歩んでいただいた、事業部最大の功労者でした。

 

 私が8年前に鳥取に戻ってきたときより、本当に公私ともにお世話になり多くの時間を共有させていただきました。仕事に関しては、私のペットフード業界そのものが小林会長に教えをいただいたことであり、彼のおかげでここまでこれたと言っても過言ではありません。この業界最大の恩人は?と聞かれれば、小林会長だと即答出来ます。

 多い時期は、毎日一度は電話で話し、毎月2回は定期ミーティングでお互いの会社を行き来し、一緒に国内出張はもとより、中国出張したり、息子さんの結婚式であいさつをさせていただいたり、ゴルフをして遅くまで飲んだり。まさに公私ともにたくさんの時間を共有し、まぎれもなくこの8年間で私に最も影響を与えてくれた方でした。

 

 まあ、兎に角エネルギーに溢れた方で、私なんて足元にも及ばないほどパワフルで、しかしながら繊細で数字にも強く、経営者としても心から尊敬していました。ドリームカンパニー社を立ち上げて18年間、一代であそこまでの規模に作り上げることは、私みたいな三代目からすると考えられないほど凄まじい実績だと感じます。

 

 そして何よりも彼の最大の強みは「開発力」。今現在、日本にあるペットフード・ペットおやつで一般の方々が普通に手に取っているほどのヒット商品の数々。これらを世にはなったのは、実は小林会長ご自身が開発からすべて手掛けられたものです。

 今風にいうと、まさに彼はペット業界のレジェンドでした。

 

 しかし、私にとってあまりにも身近にいらっしゃった方であり、ずっとパワフルで、最後に入院される3日前に一緒にうどんを食べていたこともあり、お亡くなりになった今現在でも正直ピンときません。

 

 お通夜、告別式ともに参列させていただきましたが、語弊を承知で申し上げますと、まったく悲しさがこみあげてこず、実際涙も出ませんでした。以前より彼のご家族の葬儀には何度も参列していましたが、毎回「お~、来てくれたか、ありがとう!」っと、おっしゃってた姿が目に焼き付いており、この度ご自身の告別式でさえ、普通に現れて「お~、来てくれたか、ありがとう!」っと出てきてくれそうな気がしてなりません。

 

 正直こういった感覚に陥ったことは初めてです。それほど現実を受け入れることが出来ない出来事でした。

 

 お亡くなりになってもう半月以上。どうしてもここに書くことが出来なかった。それはきっと私自身が認めたくないからであろうことは自分でも容易に感じることです。ここに書くと、その現実を受け入れることになることが怖かったのであろう。我ながらいい年をして何をやっているんだろうと思う。しかし脳が理解をしていても、どうしても心が認めることが出来ない。

 

 ついこの前、あと10年は一緒にやろうな!っと仰っていたのに。

 

 やはりここに書いても、まだ実感がわかない。今でもふと、自分スマホの短縮発信を押してしまいそうになるので、スマホから短縮を消した。でもまだ受け入れられないし、未だにひとすじの涙も出ない・・・。