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【偉大なる先人との別れ】

2017.08.08

 8月8日(火)米子光風葬祭センターにて㈱川口義治商店時代 米子支店長 中川浩氏の告別式に参列してまいりました。

 

 前日月曜日朝から関東出張中でしたが、なんとかスケジュール調整出来、半日だけ鳥取に戻り告別式に参列出来ました。その週は前述のとおり、日本列島は週明けから台風5号が直撃の最中でしたので、私のフライトは全て欠航や大きな遅延もなく無事に移動出来たことは本当に幸運でした。

 

 訃報を聞いてから3日間いろいろな思いが交錯する中、告別式で御本人に直接お目にし、やっと現実と直視出来ました。故人のお顔を拝見した瞬間、私の中で二つの思いが交錯しました。

 

 一つは米子支店長としての中川氏。当社が鳥取市のみで商いをしていた昭和40年代から50年代に、鳥取県西部へ米子へ弊社の農業資材を広げろという先代川口義治の命を受け、中川氏は米子に通いつめ米子支店を立ち上げ、結果ご自分も鳥取市から米子市へ移住をされました。

 

 私が10代の時、何度か夏の繁忙期に配送アルバイトをした際にもお世話になりましたが、いつも笑顔でアドバイスや指導してくれた本当に優しく温かい方でした。

 

 そして2010年私が帰国し入社した際、既に中川氏は定年後でしたので米子営業所室長として再会。皆の前では上司と部下という関係から敬語を使ってくれ違和感のある関係でしたが、二人でいるときはいつも当然ながら先輩口調でアドバイス下さったり私も相談したりと本当に頼りになる方で、ビジネスパーソンとして心から尊敬する大先輩でした。

 

 もう一つの思いとは、実は私の子供の頃に遊んでくれた中川のおじちゃんという関係性。私がまだ6,7歳だった頃、当時の当社はまだ社員も数名しかいない小さな会社でした。その分本当にアットホームで、中川氏は私にとって遊んでくれる優しいおじちゃん。当時は小さな会社で当然金が無いからか、中川氏が鳥取市に戻ってくるときは私の実家に宿泊。幼い私にとって本当にそれが楽しみであったことを昨日のことのように覚えてます。

 酒も浴びるほど飲まれてましたが、それでも遊んでくれる優しい優しい方でした。

 

 お顔を拝見した瞬間、この二つが交錯し走馬灯のように思い出し、それは私自身不謹慎にも笑顔になってしまうほどに鮮明に蘇ってきました。

 

 そして何より私の心を熱くさせてくれたのは、この告別式に弊社社員25名が参列してくれたことです。リバードコーポレーション㈱ ケイビーシー㈱ リバードペット㈱ 実は今日現在全ての会社が経験無いような繁忙期を迎えております。その中で、25名のメンバーが米子まで足を運んでくれたこと。これは同時に彼らを送り出すことによって、オフィス、製造現場にて皆を支え続ける留守番メンバーの尽力によって成り立っていることを意味し、この時期として奇跡に近い参列者数でした。

 それは感謝という言葉以上が見つからないほどの感動です。

 

 中川さんが目指した一人一人を大切に愛情を持った企業経営哲学が、彼らにも脈々と流れている。それを感じたからこそ、私の中で熱いものがこみ上げてきました。きっと中川さんも天国から喜んで頂いたんではないかなと思っています。

 同時に私はこのメンバーとこれから先もきっとやっていけると確信出来た瞬間でもありました。

 

 企業とは生き物であり、企業とは人有きで、企業とは人によって支えられ運営出来ている集合体です。たとえそれが現時点で実現出来ていて、そして順調にいっていたとしても、それはまぎれもなく先人の流した汗や涙の結晶のおかげであることを決して忘れてはなりません。

 

 偉大なる先人と、偉大なる仲間に対する感謝の気持ちを忘れることなく、明日からもまた中川氏へ誇れる100年企業創造の為に邁進する思いが更に強くなりました。全ての方々に感謝をし続けることを忘れないように。

 

 「お疲れ様でした、中川支店長。バイバイ、中川のおじちゃん」