【ドーハの悲劇世代から、世界を目指す世代へ】
2026.06.30FIFAワールドカップ2026、日本代表の挑戦が終わりました。掲げていた「世界一」という目標には届かず、準々決勝でブラジル代表に敗れるという結果となりました。しかし試合終了の笛が鳴った瞬間、私の胸に込み上げてきたのは失望ではなく、不思議なほど大きな希望でした。
私は1993年の「ドーハの悲劇」をリアルタイムで見てきた世代です。あと数十秒で日本サッカー史上初となるワールドカップ出場が決まる、その瞬間に夢が消えた光景は、今でも鮮明に記憶に残っています。そして2年前、実際にドーハのスタジアムを訪れ、当時テレビ越しに見ていた景色を思い浮かべながら、30年以上という歳月の重みを静かに感じていました。
あの頃の日本代表は、「ワールドカップに出場すること」が最大の夢でした。海外クラブでプレーする日本人選手はほとんどおらず、世界と互角に戦うことなど、多くの人が想像すらできなかった時代です。試合後、オフト監督に抱きかかえられ涙を流す選手たちの姿を見ながら、日本サッカーはまだ世界には遠い存在なのだと感じたことを覚えています。
しかしその悔しさこそが日本サッカーを変えました。Jリーグが発足し、多くの選手が世界へ羽ばたき、欧州のトップクラブで活躍する日本人選手が次々と誕生しました。そして今、日本代表はワールドカップ出場を当然の目標とし、その先にある「世界一」を本気で目指すチームへと成長しました。
今回の大会で私が最も印象に残ったのは、選手たちが迷うことなく「優勝」を口にしていたことです。それは大きな夢を語っているのではなく、自分たちなら世界一になれると本気で信じ、そのための努力を積み重ねてきた者だけが口にできる言葉でした。
私たちの世代は、「世界に追いつくこと」を目標に育ちました。しかし今の若い選手たちは、「世界を追い越すこと」を当たり前のように考えています。この意識の変化こそが、日本サッカーをここまで成長させた最大の要因ではないでしょうか。
その姿は、先日の野球WBCとも重なります。世界大会でベスト8やベスト4という結果では満足できず、優勝できなかったことが悔しさとして語られる時代になりました。野茂投手を見てきた世代からして、日本とアメリカが同じ土俵で戦うなんて、想像すらしていませんでしたし、30年前では考えられなかった価値観です。それだけ日本は世界基準で勝負する国へと変わったということなのでしょう。
もちろん今回の敗戦は悔しい結果です。しかし私は、この敗戦を「終わり」とは全く感じませんでした。むしろ世界一を本気で目指したからこその敗戦であり、その挑戦には結果以上の価値があったと思います。
30年前、ワールドカップ出場が夢だった日本。
そして今、ワールドカップ優勝を本気で目指す日本。
この30年間で、日本サッカーは想像を超える進化を遂げたからこそ、この敗戦の先に、日本サッカーの新しい未来を見たような気がしています。



