CEO blog   |  【父と息子を繋いだ甲子園】

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【父と息子を繋いだ甲子園】

2026.08.13

 今年もまた、夏の甲子園の熱戦が始まっています。昔から最高に大好きなコンテンツですが、鳥取で暮らしているからか、ここ数年は地方の高校、特に公立高校にばかり目がいくようになりました。

 私が特に注目していたのが秋田代表・横手高校。鳥取と同様に過疎化が進む秋田県で、県内有数の進学校である公立高校の生徒たちが、実に57年ぶりとなる甲子園の夢舞台へのぞみました。

 そして偶然にも試合直前、横手高校の戸沢樹選手のエピソードを知りました。彼のお父さんは横手高校で野球を経験し、高校野球の指導にも携わっていましたが、9年前、37歳という若さで亡くなられたとのこと・・・。試合開始と同時に自然と戸沢選手を目で追いましたが、彼は控え選手でベンチスタート。そして相手は甲子園常連校の強豪・敦賀気比高校。試合は0対10という厳しい展開となり、迎えた最終回、劣勢の横手高校ベンチが動きます。


 レフトの守備交代でコールされたのが、なんと戸沢選手!間髪入れず、全力疾走で甲子園のレフトへ向かいます。父も夢見た甲子園のグラウンドを走っている。NHKの実況でも何度も親子のエピソードが紹介され、テレビ越しの私も点差を忘れ、彼の姿を凝視していました。そして心の中で願いました。


 「打球よ、レフトに飛べっ!!」


 おそらく私だけでなく、多くの人が同じ願いを持っていたはずです。しかし高校野球はTVや映画ではありません。最後のアウトまで両チームが本気で戦う世界です。そんな都合の良いドラマが起こるはずはない。そう思っていた直後でした。


 なんと先頭打者が打ち上げたボールが、まるで何かに導かれるようにレフトへ。しかも決して簡単ではない打球を戸沢選手は懸命に追い、見事にキャッチしました。その瞬間、甲子園から大歓声が沸き起こりました。テレビを見ていた私は、隣にいた自分の息子の頭をなでながら目が潤み、思わずつぶやきました。


「奇跡って、あるんだな・・・。」


 実況席でも、お父さんへの想いと重ねる言葉があり、それを受けた解説者が言葉に詰まり、すぐに次の言葉を続けられない・・・。そして振り絞るように、

「言葉になりません・・・」

TV越しにその声からも感情が伝わってくるほど、私の記憶に残る甲子園実況となりました。そして戸沢選手自身も試合後、「父が僕のところに打球を飛ばしてくれたのかな」と語っています。この言葉を知り、さらに胸が熱くなりました。


 幼い頃、父親とキャッチボールをしていた戸沢選手は、父を亡くした半年後に本格的に野球を始めたそうです。しかし野球をしている時には、できるだけ父親のことを考えないようにしていたとのこと。思い出せば、泣いてしまう。プレーに集中できなくなってしまう。だから大切な父との記憶を心の奥へしまい込み、野球に打ち込んできたというのです。


 人は、本当に大切な存在を失った時、簡単に「乗り越える」ことなどできないのだと思います。忘れるのでもなく、乗り越えるのでもない。その悲しみと共に生きる方法を、少しずつ覚えていくのかもしれません。そして高校3年生の夏。横手高校のユニホームを着て、父も夢見た甲子園のグラウンドに立ちました。試合終了時にはネクストバッターズサークルにおり、最後の打席こそ回ってきませんでしたが、父親を思い涙が溢れたそうです。


 「甲子園でしっかりプレーしたよと伝えたい」


 この言葉に、この試合のすべてが詰まっているように感じます。ヒットを打ったわけでも、ホームランを打ったわけでもない。チームも勝つことはできませんでした。しかし戸沢選手にとって、あの一球は人生で最も大切な一球になったのではないでしょうか。


 人生も仕事も、結果で評価されます。勝ったか負けたか、成功したか失敗したか。経営者である私自身、誰よりも結果にこだわらなければならない立場です。しかし人生には、数字では決して測ることのできない価値もあります。


 誰のために頑張ったのか。何を背負って挑戦したのか。そして、何を大切にして生きてきたのか。0対10という結果だけを見れば横手高校の敗戦ですが、戸沢選手の人生にとって、この試合を「敗戦」という二文字だけで表現することは絶対にできません。


 私自身も年齢を重ねるにつれ、家族や仲間、会社メンバーと過ごせる時間は決して当たり前ではないと強く感じるようになりました。いつもの会話、いつもの食事、何気なく隣でテレビを見る時間。その一つひとつが、本当はかけがえのない時間なのだと思います。


 戸沢選手にとって甲子園は、9年前に止まってしまったお父さんとの時間が、ほんの一瞬だけ、もう一度繋がった場所だったのかもしれません。


 父が野球に青春を捧げた横手高校。父も夢見た甲子園。白地に濃い青で「YOKOTE」と胸に刻まれたユニホーム。そのユニホームを着た息子が甲子園のレフトに立ち、守備についた直後、本当にその息子のところへ一球が飛んできた。父から息子へ。9年という時間を越えて届けられた一球。甲子園という場所には、時として勝敗や数字では説明できない出来事が起こります。

 だから私は、高校野球が大好きなのかもしれません。

 戸沢選手のその姿は、私にとって今年の甲子園で最も輝いて見えました。その彼の胸には、白地に濃い青で刻まれた「YOKOTE」の文字。実は現在のこのユニホーム、父・亮さんが生前考案したものだそうです・・・。

 翌日その事実を知った時、自然と涙がこぼれました。