【Cooとの別れから一年】
2025.11.1511月10日、この日は胸の奥がぎゅっと締めつけられるような気持でした。愛犬Cooが旅立って、ちょうど一年。
この一年、カレンダーの上では365日。でも私たちにとっては、あの日から今までがひとつの連なった時間のように感じられます。彼女の匂い、柔らかな毛並み、最後にそっと握った小さな前足。静かに目を閉じたその瞬間、我が家の時間はたしかに止まりました。
けれども、日々は容赦なく流れていきます。私たちはCooがいない日常を、少しずつでも確かに歩んできました。この一年、彼女の気配を感じない日は一日としてありません。朝の目覚め、玄関の音、Cooの夕食の匂い、夜の静けさ。そのすべてに、彼女の存在が深く染み込んでいたことに、改めて気づかされました。
命日には、家族でCooの仏壇に、ペット用の小さなケーキをお供えしましたが、これは生前、年に一度だけ食べさせていたお気に入りのケーキ。「また来年ね」と微笑んでいたあの日のCooの顔が、ふいに胸に浮かびました。
遺骨の一部は、今も骨壺に大切に納めてあります。そしてこの週末、大きな骨以外の遺灰を、庭に撒く準備をしました。あの子が元気に走り回っていた、あの場所に。それは「さよなら」ではなく、「おかえり」と声をかけるような、やさしい儀式。
Cooは、私たちの真の家族でした。ただの犬ではなく、人生のよろこびも悲しみも、すべてを共に過ごした、かけがえのない存在。その事実は、彼女がいなくなった今も、変わることはありません。
ふとした瞬間に、「今もどこかにいるんじゃないか」と思うことがあります。鳴き声の空耳が聞こえて、思わず振り返ることもあります。あの子が好きだった場所の前で、立ち止まってしまうことも。きっと今も、私たちのそばにいるのだと思います。姿は見えなくても、気配は確かにあるのです。
「次の犬は迎えないんですか?」
と尋ねられることもありますが、まだその気持ちにはなれずにいます。また新しい命と出会うことの素晴らしさを否定するつもりはありません。でも、Cooが残してくれた深すぎる愛が、まだ心の奥で脈打っている今、その空白に誰かを迎える準備ができていない自分がいることも、また正直な気持ちです。
そしてそれでいいのだと思っています。無理に前を向こうとしなくても、過去にしがみつく必要もなく、ただ彼女と過ごした日々を、静かに、丁寧に心に抱き続けていたいのです。それは悲しみではなく、たしかにそこにあった「愛」のかたち。そして、その愛はこれからも、形を変えて生き続けていくのだと思います。
今でもスマホを開けばCooの写真や動画がたくさん残っています。寝顔、ごはんの時間、散歩道、膝の上で甘える顔。そのどれもが、私の人生の宝物です。何度見ても涙が溢れますが、少しずつ、その涙に微笑みが混ざるようにもなってきました。
Cooが私たちに教えてくれたことは、数え切れません。無条件の愛。信じるということ。寄り添い合う強さ。そして、今この瞬間を大切に生きること。
犬は未来を案じたり、過去を悔やんだりしません。ただ「今」を全力で生き抜く。その姿を、私たちは毎日見せてもらっていたのです。その教えは、どんなビジネス書にも載っていない、人生で最も尊い学びの一つでした。
今日もまた、Cooの遺影にそっと手を合わせ、「ありがとう。ずっと大好きだよ」と心の中でつぶやきます。そのたびに、また少しだけ、前に進める気がします。
Thank you, Coo. You may no longer be by our side, but you’ll always be in our hearts. Because love like yours never leaves. It simply finds a new way to stay.
Some angels never fly away. They just change shape and stay.
「勝者の文化」はこうして創られる
2025.11.09ドジャースの2025年ワールドシリーズ制覇は、単なる選手層の厚さやスター選手の揃い踏みだけで達成されたわけではありません。その背景には、強固な組織文化と、“個の覚悟”を最大限に活かすマネジメントの存在がありました。
山本由伸の魂の投球、大谷翔平の沈着冷静なリーダーシップ、そして佐々木朗希のフレッシュな存在感。いずれも極めて優秀な個人であると同時に、「チームの勝利」を最優先にする精神性が貫かれていました。これは、勝者の文化を育む上で極めて重要な要素です。
多国籍で構成されるメジャーリーグ球団において、「個性」と「協調」をどう両立するかは永遠の課題です。異なる価値観、言語、育った環境。その中で結果を出すには、“全員が一丸となる”だけでは不十分。各選手が「自分の役割と責任」を理解し、それを徹底してまっとうする“プロ意識”が欠かせません。
今年のドジャースはまさにそれを体現していたと言えます。たとえば、山本投手が第7戦のクローザーを志願した裏には、チームメイトや首脳陣の信頼、コンディション管理チームとの密な連携、そして「信じられている」という確信がありました。その「信頼される組織風土」こそが、極限状況下での判断と挑戦を後押ししたのです。
ビジネスの現場においても同様です。変化が激しく、競争の激しい環境下で、個人が100%の力を発揮できるかどうかは、組織の空気や上司の覚悟に大きく左右されます。メンバーのチャレンジを支え、時に任せる勇気を持てるリーダーがいるか。その積み重ねこそが、やがて“勝者の文化”を築くのです。
またドジャースの勝利には「競争と共創のバランス」がありました。主力が競い合いながらも互いを称え、若手を育て、控えの選手も出番に備えて常に準備している。全員がチームの勝利のために自分にできる最善を考えて行動していたことが、シリーズを通して見て取れました。
これはまさに、今私たちが組織づくりにおいて目指すべき姿ではないでしょうか。一人ひとりが「自分の出番は必ず来る」と信じ、常に全力で備える。そしてその舞台が来たときに、迷わず、恐れず、飛び込む勇気を持てる環境。それを整えるのは、経営者やリーダーの責任です。
2025年のドジャースが成し遂げたことは、「勝つべくして勝った」結果であり、「信じ合い、任せ合い、引き出し合う」カルチャーが支えた勝利でした。そしてそれは、すべての企業組織にも通じる“再現性のある成功モデル”でもあります。
スポーツとビジネスの本質は、「人を信じ、人に任せ、そして人を動かす力」にある。その原点を、ドジャースというチームから私たちは改めて学ばせてもらいました。
【日本人の美学と誇りがドジャース世界一へ導く】
2025.11.062025年11月。北米メジャーリーグの頂点に立ったのは、ロサンゼルス・ドジャースでした。数々の栄光と重圧が渦巻くこの舞台。その中で最も熱く、最も深く、我々日本人の魂に訴えかけてきたのが「山本由伸」という一人の投手の闘いであったと断言できます。
第2戦、第6戦、そしてシリーズ最終決戦である第7戦。すべての流れを左右するキーマウンドに、彼はとんでもない精神力と共に立ったのでしょう。特に第6戦では先発として7回13奪三振の圧巻の投球。そして驚くべきはその翌日、第7戦。中0日でクローザーとしてマウンドに上がり、再び勝利を呼び込んだのです。この姿を見て、世界の人たちは一体何を感じたのでしょうか。
「根性」 この言葉がこれほどまでにしっくりくる瞬間が、現代のメジャーリーグに存在するとは誰が想像したでしょう。体の限界を超えた集中力、魂のこもった一球、表情ひとつ崩さぬ覚悟。そこにはまさに歴代の日本人投手が培ってきた、「昭和の気迫」を感じました。
現代野球は、データの世界です。回転数、スピンレート、リリースポイント。合理性を突き詰め、効率を最大化する科学のスポーツ。だからこそ、“精神論”や“気合い”といった言葉は、時代遅れと揶揄される場面も多くなりました。しかし山本由伸は、そのど真ん中で、「それでも最後にものを言うのは“心”なんだ」と証明してくれたのです。
メジャーでは投手の球数制限や起用間隔は厳格に管理され、無理をさせない文化が根付いています。しかしワールドシリーズという唯一無二の舞台は別格です。すべてを出し切らなければ、後悔が残る。トロント・ブルージェイズが32年ぶりに世界一を目指してこの舞台に立ったように、再びここに戻れる保証などどこにもない。だからこそ、山本選手は「行くしかない」と、痛みも疲労も振り払い、自らの“気持ち”だけを頼りにマウンドへ立ったのです。
私はこの姿に、ビジネスの原点を見ました。我々の世界でも、理論や戦略、ツールやKPIで語られる場面は多い。けれど本当に大切なのは、“気持ちを込められるか”どうかです。疲れていても、苦しくても、やり切れるかどうか。どんなに便利なAIがあっても、どんなに緻密なデータ分析があっても、最後の最後に勝敗を分けるのは「人間の心」であり、「根性」であり、「気迫」なのです。
どれだけ合理化が進んでも、「気合いの一球」は存在します。そしてそれは、組織を、周囲を、未来を動かす力に変わる。山本由伸の一球には、その精神力が宿っていました。
また彼の姿は「日本人としての誇り」そのものでした。異国の地で、異なる文化・言語の中に身を置き、気を遣いながらも結果で信頼を勝ち取る。彼は単なる投手ではありません。プロフェッショナルとして、世界と向き合う日本人の生き様を、静かに、しかし鮮やかに証明してくれたのです。
私たちもまた、自分のフィールドで魂の投球を続けられているか。目先の利益や、他人の目線に逃げず、自らの誇りと信念をもって一球一球を投じられているか。彼の姿は、そんな根源的な問いを私たちに突きつけてきます。
結局最後はやはり、メンタルの強さ、心の粘りが勝敗を分けるのだと思います。技術は磨ける。知識は学べる。でも「気持ち」だけは、誰も代わってくれません。そしてそれこそが、AIには決して代替できない、我々人間だけが持ち得る“最大の武器”なのです。
日本人の誇りが、ドジャースを世界一へ導きました。そして我々もまた、その誇りとともに、それぞれのマウンドに立ち続けたいと思います。




