【9月入学・新学期スタート議論 ②】
2020.05.20前回からの続きです。
この9月入学・新学期スタート議論は、これから日本が真のグローバル社会を作るうえで、不可避なことであるはずで、私は大いに期待をしている。
そして何より注目してみているのは、我が日本という国が、本気でこの改革をおこせるのかどうかということ。世界は歴史に残る変革期に突入した。産業革命級の変革が起きると言っても過言ではないはず。世界は間違いなく変わる。これまでの常識が非常識になり、非常識が常識になるかもしれない程、大きく社会が変わるだろう。
その世界の変革期に日本が取り残されないためには、日本も変わる必要性があるということ。極論から言えば、変わりたくない日本人という気質が、これからは変わるという文化を根付かせることが出来るかどうか。
勝手な解釈だが、私の中で、この9月入学・新学期スタートというトピックは、日本の未来を予言するほど大きなことだと思っている。今回変更できなければ、向こう100年絶対に変わらないトピックだからだ。そしてこれ程の大きな案件を変更出来なければ、日本はこれから先、次々とやってくる荒波に飲み込まれていくはずだ。
こういったレベルを次々に変革しないと、新しい時代に対抗できないからである。それ程、今回大きな変革期に突入している。
色々な文献を調べてみたが、そもそも4月スタートに大きな大義は見当たらない。逆に冬の寒い時期の入。例年のインフルエンザ流行、更には新型コロナウイルス第二波を考えたら、この時期に入試など不可能に近い。前述のように一律入社なんて古いことに縛られていたら、いつでも入社出来るグローバル企業に優秀な人財は全部持っていかれるだろう。
こういう議論をすると、必ず粗探してきてNoやNegativeばかりを突きつけることばかりの人たちは一定数いる。日本人の多いタイプの人達だ。そういう議論を見ていていつも思うが、議論と決定とはシンプルに考えると、
「Positive –(引く)Negative =(イコール)がプラスになれば実行すべき」
だと思っている。要するに、ポジティブ意見がネガティブ意見より多ければ、実行すべきということだ。ポジティブ意見とはメリットのことであり、ネガティブ意見とはデメリットであるからだ。メリットの方が多ければ、実行しない理由などどこにもない。そして100%成功という保証などどこにもない。
勿論少数意見を尊重し、しっかり議論し合うことが大切であり、これこそ民主主義の根幹であることは否定しない。しかし時間が有る際はそれでいいが、時間がない際には一気に行くしかない。
2020年9月を迎えた時、「日本ってやるな!日本は変わってきたな!!」って思わせてくれる日本となっているかどうか、非常に楽しみだ。大袈裟に言えば、現政権、そして日本国が試されているトピックかもしれない。今後の経過を日本の変革の底力をワクワクしながら見守ろう。
【9月入学・新学期スタート議論 ①】
2020.05.164月末に降ってわいてきたように、学校の新学期9月スタートに対しての議論が巻き起こった。過去完了のような表現にしているのは、ここ最近このニュースを見かけることが少し減っているように感じるからです。
兎にも角にもこの議論、個人的に素晴らしいことだと大いに評価したいですね。
この議論は、新型コロナ問題で多くの学生に対して平等な教育機会を失いつつ、遅れや格差がうまれているからというのが大前提。確かにこの空白を取り戻すのは容易ではないはずなことは、誰の目にも明らかです。
そしてその次に言われるポイントは、欧米各国と卒入学時期が揃う為、教育のグローバル化が進展するだろうという理由。アメリカやヨーロッパの欧米諸国は勿論、アジアでも中国、モンゴル等も9月スタートである。留学ということに目を向けると、欧米の大学の入学は9月が多いのは周知の通りだが、実は半期に一度、もしくは四半期に一度入学出来る学校がほとんどである。日本のように年に一度しか入学出来ないということは決してないのが実情です。
要するに、日本人が欧米に留学しようと思った場合、9月がベストなのは間違いないが、別に9月でなくともある程度受け入れてくれる土壌が欧米にはあります。
日本国にとってメリットがあるのは、日本人が海外に留学するより、日本に留学する学生の方だろう。9月入学可能になると、優秀な外国人学生が日本に来やすい環境が整う。そもそも日本人が海外に留学すると、戻ってこないケースが多くそのまま海外に永住してしまうから、日本国にとってのメリットという意味では、外国人学生の受け入れが増やすことの方が重要であろう。
少し話が逸れるが、そもそも日本はこの一律入学や一律卒業、一律入社という概念をそろそろ考え直した方が良い時期に入っていると感じる。新社会人になる際に、「同期」という言葉があるが、そんな単語は世界中のスタンダードではないし、終身雇用制が崩壊した今、一律同期入社なんてナンセンスだと感じてしまう。
諸外国の多くの国では、20歳前後の新入社員はまず社会に出る際に中小企業で経験を積み、数年かけてステップアップをし、スキルアップをしてから、転職を重ね、大企業に上り詰めるという考え方が定着している。超一流大学卒や、超難関学部卒以外の卒業生はこの流れがスタンダードであろう。
そもそも新入社員を育てるという概念は無いに等しい国が多いということ。育てるというより、自分で成長して自分を売り込み自分自身をステップアップさせていく。だから会社は守ってくれない分、自分自身で成長し自分を守るという個人主義の概念が定着している。
日本は未だに新入社員を会社が育て、守るということが常識とされている。この考え方になった理由はいくつかあるだろうが、やはりこの一律入学、一律入社で終身雇用という考え方から来ているのであろう。
勿論、同期入社の仲間はかけがえのない素晴らしいものであり、こういうことがある文化は大きなメリットも多々あることも全く否定しません。少なくとも今までの日本社会にはマッチしていたんだと感じます。一律入学、一律卒業、一律入社という文化から生まれた、まさに日本独自の文化でしょう。
話が長くなってきたので、続きはまた次の機会に・・・。
【SUKIYAKI】
2020.04.30前回のブログで「上を向いて歩こう」について執筆ながら、ふっと思い出したのが「SUKIYAKI」。
若い世代の方々からすると、ピンとの来ないかもしれませんが、58年前、坂本九さんが歌う「上を向いて歩こう」は世界の音楽業界を席巻していた。日本発のこの名曲はイギリス経由でアメリカに渡り、「SUKIYAKI」という曲名として、今では想像できないことだが全米チャートNo.1 Songに輝いたのだ。
今では信じられない話だが、当時ニューヨークやロサンゼルスの街を歩く若者が、この日本の名曲を口ずさんでいたらしいから驚きだ。
「上を向いて歩こう」というタイトルだと、アメリカ人に受け入れられないのでと、「SUKIYAKI」と曲名を変えたことが受け入れられたという側面のようだが、当然この音楽性が素晴らしいということがヒットした一番の理由。第二次世界大戦後、西洋一般社会に日本人が受け入れられた最初の出来事とも言われている程である。
ちなみに、2013年1月、英BBC電子版に「世界を変えた20曲」が掲載され、「風に吹かれて」、「イマジン」と並んで、この「SUKIYAKI」が選ばれた。たった20曲の中に入っているとは驚きだ。
さて、どうしてこの「SUKIYAKI」を思い出したかというと、私が20年前にアメリカで暮らしているときに、伝え聞いたエピソードが甦ってきたからだ。
今では有名な話になったが、1963年に名もなきプロレスラー・ジャイアント馬場さんが単身アメリカで武者修行をしていたらしい。プロ野球をやめて、プロレスラーになったジャイアント馬場さんは、武者修行とはいえ実質アメリカ人プロレスラー相手のヒール役。来る日も来る日も、辛く悲しい時を過ごしていた時、唯一の楽しみはジュークボックスで聞く、この「SUKIYAKI」だったらしい。彼は巨体を震わせ、
「同じ日本人の坂本九さんが活躍している。日本人でもアメリカで戦える。自分も絶対に負けない!!」
と、毎晩涙を流しながら、この名曲を聴いていたという、有名のエピソード。当時のアメリカは日本の文化、食事、言葉も何もなく、想像を絶するほど辛い時を過ごしたのだろう。そしてプロレスでは、常にヒール役で罵倒される毎日。それでも馬場さんは、いつかやってくる光を信じて毎日立ち上がっていたのだろう。
「上を向いて歩こう、涙がこぼれぬように」
2020年の今こそ世界中がやらねばならないこと。光を信じて、上を向くしかないということ。
今回YouTubeで、この名曲を久しぶりに聞いた。やっぱり名曲は色あせることなく、永遠に名曲だ。今更ながら感動した。特に好きは歌詞を抜粋してみた。
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
幸せは 雲の上に
幸せは 空の上に
上を向いて歩こう
悲しみは星のかげに
悲しみは月のかげに
上を向いて歩こう
(上を向いて歩こう 歌詞 © Sony/ATV Music Publishing LLC)
ちなみに2015年におこなわれた、ジャイアント馬場さん17回忌追善特別興行での、最後の挨拶後、ジャイアント馬場さんテーマ曲“王者の魂”がかかり、選手たちは退場。リングの上が無人になったタイミングで、この「上を向いて歩こう」が流された。それ程、ジャイアント馬場さんとこの名曲の繋がりは強かったということであろう。