【鳥取スイカ出荷】
2018.06.10鳥取は6月になるといよいよ「鳥取すいか」の出荷シーズン到来です。 鳥取すいかというより、大栄すいかという方が分かる方も多いかもしれないくらい、スイカの有名ブランドとなっています。
他のフルーツや野菜と同様に、この「鳥取すいか」、我々が子供の頃より飛躍的に進化を遂げており、本当に美味しい仕上がりになっています。いま、30年前のすいかを食べたらどんな感じなんだろうって思います。だって今時塩かける人なんていませんよね?(笑)。今の子供には理解できないでしょう。
さて、その鳥取すいか、意外かもしれませんが、鳥取は4月~6月の日照時間が長く、日本一有名な熊本すいかの御当地熊本より、この期間の日照条件は長く恵まれています。このため、糖度の乗った極めて大玉な美味しいすいかが作れる条件が鳥取には揃っているんです。
そして今ではフルーツの味覚を形容する「シャリ感」という言葉があります。恐らく昔は無かった言葉でしょう。しかしこのシャリ感がすいかには重要です。これによって瑞々しく、甘味をより感じるんです。冷やせば、このシャリ感のお陰で更に味は倍増します。
更にここ近年はスーパーなどでカットすいかが主流になってきており、こういった形にはシャリ感が無ければ、口当たりの悪いすいかになってしまいます。
さあ、夏の味覚の王様、「鳥取すいか」。弊社は苗から鳥取県大栄を中心にした中部地域にサポートしています。これを食べて、夏を感じ、日本の夏を満喫しましょう!!
【負の世界遺産とThe Holocaust】
2018.05.13リトアニア・クラクフから、ポーランド・ワルシャワ経由でバスを乗継、約15時間揺られながら、ポーランド・カウナスへ移動。この地へ来た目的は、あの負の世界遺産と言われる「アウシュヴィッツとビルケナウ強制収容所」へ訪れる為。
日曜日ということもあるのか道も結構混んでいましたが、カウナスの街から2時間ほどでアウシュビッツへ到着。個人だと入場自体が困難のようで、急遽英語ガイド付きのツアー参加。ちなみに日本語ガイドツアーは3倍の価格・とのこと・・。
実は今回週末を利用して東欧方面へ足を延ばした目的は、杉原千畝氏ゆかりの地訪問と、このアウシュビッツ訪問。
私の人生で絶対に一度は訪れたいというより、訪れるべきだという思いがありました。本で読むのではなく、映画で見るのではなく、自分の肉眼でどうしても見たい。ただその思いだけで。
アウシュヴィッツとビルケナウの2か所訪問のトータル4時間ほど。もちろん予備知識があったので、大概知っていることばかりでしたが、やはり自分の目で見、自分で直接感じるのではここまで違うのかということを痛感。
諸説あるものの、この地で100万人とも150万人ともそれ以上ともいわれる無差別殺戮の数々。たったの数年間ほどで・・・。
囚人女性の髪の毛で作られた布製品、老人の眼鏡や入歯、ハンディキャッパーの義足や車椅子。無差別殺戮の上に、使えるのは全て利用。子供や死体を使った、人体実験映像・・・。
アウシュヴィッツやビルケナウがというより、「The Holocaust(ホロコースト)」がいかに恐ろしいかということを目の当たりにして、ただただ茫然自失となり、言葉も出ない。
「負の世界遺産」という言葉だけでは表現出来ない大量殺戮が、70数年前にこの地で起きたという現実。。。たったの70年前。
「The Holocaust」自分の肉眼で見て、現実を受け入れると、人類の犯した罪にただただ心が震えた。人は一体何のために生まれてくるんであろうか。虫けら以下の扱いの殺戮現場を見て、生きていることに対する感謝と、更に前向きに生きていく義務を感じずにはいられなかった。
やはり生きていること生かされていることが全ての一歩であり、その全てが感謝である。
週末使って訪れて本当に良かった。忘れられないのではなく、自分が生きている限り、絶対に忘れてはいけない訪問記であったことだけは間違いない。
自分達は幸せだ。
【日本のシンドラーと命のビザ】
2018.05.12 題名を見て、ピンときた方も多いかと思います。そう、あの杉原千畝氏のことです。
今回ドイツ出張の週末を利用して、2つの目的地に訪れました。まず一か所目はバルト三国の一つリトアニア。金曜夜にリトアニア・カウナスに入り、夜遅かったのでそのままホテルへチェックイン。
そのホテルとは、あの杉原千畝氏が帰国直前までビザを書いたと言われるメトロポリタンホテル。ラッキーなことにも直前で予約が出来、値段も日本円で4,000円程でリーズナブル。
まあ中の装い等を見ると納得の金額ですが、しかし歴史を感じる本当にいい雰囲気でした。ここであの杉原千畝氏がと思うと、はるばる来て良かったと心から感じることが出来ました。
私が杉原千畝氏を知ったのは、本当に恥ずかしい話、今から20年以上前にスピルバーグの映画「シンドラーのリスト」見た直後。日本人としてあの映画の前に知っているべき偉人だと、後程後悔と共に強く感じるほどの衝撃でした。
杉原千畝氏とは、「日本のシンドラー」とも呼ばれた外交官でした。彼は、第二次世界大戦中、日本領事館領事代理として赴任していたここリトアニアのカウナスで、ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの亡命を手助けしたことで知られています。
しかも当時の日本政府の指示に背いて、独断でビザを書き続けるのです。その数6,000。即ち、6,000人ものユダヤ人を救った文字通り英雄です。
そのビザを「命のビザ」と呼ばれているのです。
実際、今回このカウナスで数人のリトアニア人と話をしましたが、皆杉原千畝氏を知っていました。そして彼らは口々に「この街に住んでいたら、みんな彼のことは知っているはずだよ」と。
以前より私は、日本人として、自分が生きている間にどうしても来たい来なくてはならない場所の一つと思い続けていました。そして今回やっと実現しましたので感激もひとしおです。
さらにあの杉原千畝氏と同じホテルに泊まっているというだけで、何とも言えぬ感情が芽生えます。
翌朝、早く起き街を探索し、彼の職場であった旧リトアニア日本領事館がオープンと同時に入館。小さな建物で、およそ30分もあれば見渡せるほどの広さの館内。
しかし彼のデスク、残された当時の記録やエピソード、ビザのスタンプや彼の直筆ビザ。見ているだけで自然と涙が止まりません。
たった、たったの80年ほど前にこの場で起きた出来事。この窓からユダヤ人が押し掛けた風景が見えたであろう情景。自分もいつ殺されるか分からない中でのひたすら書いた命のビザ。
言葉にならないとはこのことだろうと、人生最大級の衝撃を受けました。本当に言葉にならないんです。映画ではない、本当の現実がこの場で起きていたんです。たったの80年前に・・・。
何とも言えない感情を抱きながら、カウナスバスターミナルまで歩きました。
やはり涙が止まりません。バスにゆられ、同胞としての誇りを胸に次の目的地に向かいます。
この度のもう一つの目的地は、ポーランド・クラクフ。そう、かのアウシュビッツ強制収容所。ここもまた、自分が死ぬまでに見るべきと強く思っていた場所です。